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サロメ

はじめに

サロメの翻訳にあたり、一番初めに考えたことは、「ヨカナーンをどう攻略するか」と「サロメの狂気をどう日本語に落とし込むか」です。しかしながら、やはり先人たちの知恵は素晴らしく、「案ずるよりも産むが易し」とは全くその通りで、私は何一つ悩む必要はなかった、なぜならWildeがちゃんと道標をいたるところにおいてくれていたからです。

私が一番重点をおいたサロメの特徴は、詩劇とキャラクターの多様性の二つです。
キャラクターの多様性に関しては、Character Voice Profile で詳しく説明しますが、詩劇というこの特徴的なスタイルは壊さないように、そしてこれは演劇のセリフであるということに細心の注意を払いました。

そして、私の翻訳基本ルールである
1. 原文の意味を尊重すること
2. 象徴性を見抜くこと
3. キャラクターの感情を自分の肌で感じること
を突き通し、聖書とWikipediaとにらめっこしつつ、90時間近く、58ページに渡る格闘の末、ようやく私のSaloméのプロジェクトが完成しました。

SaloméはWildeのDécadenceの代表といえる作品です。しかし一歩踏み外すとコメディ化してしまうという、なんとも翻訳する人間にとっては恐ろしい作品です。Saloméの翻訳中に、常に私の頭の中で響いていた言葉があります。’Exquisite’ 。Wildeの大好きな’Exquisite’ です。白状しますが、翻訳中に私がイメージしていたヘロデは、赤ら顔で脂ぎってる変態体質のおっちゃん、兵士二人はロボチキのストームトルーパーでした。が、その雰囲気で訳してしまうとSaloméの世界が崩壊してしまう。そこで、私の世界をWildeの芸術世界に合わせる’Exquisite’な’調整’をかける。その繰り返し。

かなり苦しみながらも、いいものになったと自画自賛ではありますが、満足しています。人によって解釈は異なることは当然で、この翻訳はあくまでも私の解釈です。ですが、一人でも多くの人にこのSaloméの世界に触れるきっかけになれば…

Motoko Millum
December, 2025

※オリジナルの英語原文である『サロメ』と、付随する挿絵は、パブリックドメインとして提供されているプロジェクト・グーテンベルクのデジタルアーカイブから引用しています。

キャラクター・ヴォイス・プロファイル

サロメの世界の住人たちは、とても’灰汁’が強い。作品に登場する主要なキャラクターの話し方、感情のトーン、そして使用する語彙や文体に関する一貫したガイドライン。「このキャラクターがこのセリフを言う時、日本語としてどういう語彙や文体を当てるべきか」を決定する羅針盤

サロメ

若さゆえの残酷さと純粋さ
ステージごとに声が変わっていく。純粋無垢 → 意図的な操作 → 幻想&陶酔 → 官能&狂気
反復は相手を操るための呪文
キーワードは「血の気が引く異様さ」

ヨカナーン

黙示録+ほぼ全てのセリフが詩の旋律 = 古語・文語と現代語のMix ただし、誰にでも(なんとなく)わかるよう難しい古語は避ける
反復は死守。サロメとは違う呪文(断絶、精神的な力など)
重厚な声
2つのモードに分かれる
1. 神降臨モード(何を言っているか不明。なぞなぞ)
2. 神&ヨカナーンMix(言っていることはわかる+氷の拒絶。神とヨカナーンの比率は変化する)
キーワードは「聖書」

ヘロデ

下品 変態 小者
サロメにとってはほぼ罰ゲームのような存在だが、最終的にはサロメが欲しいものを手にいれる道具
迷信深さ=混乱 不安 ヨカナーンに対する恐怖
ヘロデからサロメへパワーシフトしたあとは、異様にセリフが長くなる(=やけくそ感と空回り。反してサロメの返答は一貫して要求のみ)
反復はパニック状態を表す
「俗人」風にするための軽い関西弁
キーワードは「冠をつけた俗人」
*訳者は関西弁をこよなく愛す、関西生まれの関西育ち

ヘロディアス

冷たく残酷な女 刀のようにヘロデを切り裂く
洗練された残酷さと皮肉 頭の回転は早い
丁寧な口調=より残酷
キーワードは「軽蔑」

シリア人の青年/ナラボート

サロメに陶酔 周りが見えない
雅さを持つ詩人(自ら死を選ぶ)
背筋がすっと伸びている雰囲気(軽度のナルシスト)
キーワードは「シェイクスピアのロメオ」

ヘロディアスの召使

予兆を伝える役割
怯えた少年
シリア人の青年を深く慕う
必死さゆえに、ランクが上のシリア人の青年に対して丁寧語でなくなることあり
震えた声
キーワードは「震えるウサギ」

兵士1&2

実況中継の役割
二人は”buddies” 話す言葉は似ている&掛け合いのテンポはぴったり
サロメに対しては「日本軍兵士」、カッパドキア人に対しては「後輩風」、兵士同士はタメ口
エリート兵士ではない
キーワードは「庶民の現実世界」

カッパドキア人

よそ様 = 外からの目線でヘロデの国を観察
哀愁ある素朴な中年
教養のある下級役人風
キーワードは「人生知り尽くしたおっちゃん」

翻訳者ノート - 私の思考プロセス

ヨカナーンの“speak”

ヨカナーン:誰だ、私を見ているこの女は誰だ。私を見ることは許されぬ。何故(なにゆえ)この女は金塗りの、瞼の下にある黄金の目で私を見るのだ?この女を私は知らぬ。知りたいとも思わぬ。この女を退けよ。私が伝えるのはこの女ではない。

私はこのspeakが引っかかった。
話すは単純、語るはフレンドリー、会話的すぎる。
そこで、ヨカナーンのロールを考えた。「この人は預言者やから、神様のメッセンジャーやんな。だったら伝えるでいいやん?でもなぜWildeはtellではなく、speakを使ったん?」私の最終回答は、ヨカナーンは媒介者、ゆえに、神様が自分の口を使っているという感覚。「分かりました、神様、伝えます。」ではなく、神様がダイレクトに自分の口を使っている。
神様はサロメに用はないのでヨカナーンは、’It is not to her that I would speak.’ と言っている。

サロメの「緑色の小さな花一輪」

サロメ:ナラボート、あなたは私のためにやってくれる。明日私が担い駕籠に乗って、偶像売人(うりて)の門の入り口の下を通る時、小さな花、緑色の小さな花一輪が、あなたのために落ちているかも。

サロメがナラボートにした約束は、意図的に曖昧である。
「小さな花、小さな緑色の花一輪が、あなたのために落ちているかも。」というセリフは、サロメの操る手口を如実に表現している。確約はせず、可能性をほのめかせるのみ。これによりナラボートに期待を抱かせつつ、自分にはもっともらしい否認の余地が残る。誘惑はさらに残酷になり、一層効果的になる。
そしてその後に続くのは、彼女の「微笑み」… 怖っ!

サロメの ロック・オン :代名詞で心理的距離感を表現する

サロメはヨカナーンを’The Prophet’、”He’, ‘This Prophet’、そしてまた”He”と表現を変えている。まず、第一にHeをそのまま”彼”と訳すのはいかがか…ヨカナーンとサロメは物理的に距離がはなれているので、「あの人」とした。そして、じっくりサロメのセリフを読むと、’this prophet’と呼び出したところから、サロメがヨカナーンに強い興味を持ち出したことがわかる。これら”The”, “He”, “This”でサロメの精神世界での、サロメとヨカナーンの距離が表現できる。

‘Ah, the prophet! He of whom the Tetrarch is afraid?’
での the prophetは「あの(例の)預言者」で、ヨカナーンはまだ話で聞いた程度の存在。

そしてそこから続く
‘He says terrible things about my mother, does he not?’
のHeは、「あの人」

‘Is he an old man, this prophet?’と
‘This prophet ... is he an old man?’
この2つのセリフでサロメがヨカナーンに強い興味を持ち出した様子が伺える。ということは、ここでサロメの精神世界では二人の距離は近くなっている。その後のサロメのセリフ

‘What a strange voice! I would speak with him.’
のHeは「この人」になる。

‘This prophet’ でサロメのロックオンがなされているということを日本語で表現するために、’this prophet’ の前の’He’は「あの人」、後は「この人」とした。日本語的には違和感を感じる。なぜならJokanaanの物理的な位置は変わっていないから。でも、サロメの精神上は物理的な距離は関係ない。
そして、ここからサロメの口調が変化していく。

ヘロデの“それ”等

サロメがヨカナーンの首をヘロデに要求した途端に、今までの
ヘロデ>サロメの力関係が一気に、
ヘロデ<サロメにシフトする。

サロメが”ヨカナーンの首”と呪文のように言い続けるのに対し、ヘロデは「それはやれん!」と必死に断るが、ここで、ヘロデは「ヨカナーンの首」とは言わず、「それ」や極端に回りくどい言い方をする。
‘Therefore ask not this thing of me.’
‘No, no, you would not have that.’
‘Only you must loose me from my oath, and must not ask of me that which you have asked of me.’
など

なぜか?
ヘロデは迷信深く、ヨカナーンを恐れているから。
ヘロデが登場して間もなく、彼は
‘He is a holy man. He is a man who has seen God.’
「あの男は聖人じゃ。神を見た男じゃ。」
と言っている通り、「聖人の首を切り落とすなんぞ、そんなことをすれば、大災難が降りかかるわ!」といったところだろう。

正確に言えば、ヘロデは「ヨカナーンの首」とは言えないのである。
ゆえに、”that”や”this thing “などと表現しているところは、決して「ヨカナーンの首」と訳してはいけない。訳すとヘロデのヨカナーンに対する恐怖が薄れてしまう。

シリア人の青年の “足は白い小鳩”

シリア人の青年
不思議な姿だ。黄色のヴェールを被り、銀の足をした小さな王女のような。足が白い小鳩の王女のような。まるで踊っているように見えないか。

大概の人たちは、「足は白い小鳩のような王女」というと思われるが、ここでシリア人の青年のサロメへの陶酔っぷりが窺われる。
原文は
‘She is like a princess who has little white doves for feet.’

「〜のような」を表す”like”は”princess”にかかっているので、「お姫様みたいな」となる。どんなお姫様みたいかというと、「足に小さい白鳩を持つ」とか、もっとわかりやすく言うと、「足が小さい白鳩そのものである」お姫様みたいなということになる。
「ものすごいメルヘンなメタファーを投げ込まれましたね、Wilde先生」と言いたい。

ここでのWildeのメタファーの構造は A = B。AとBはまったく同じもの。
なので、「足は小さい白鳩のような」と言ったほうがしっくり来るが、それはできない。ここではシリア人の青年がどれほどサロメにうっとりしているかが表現されているから。白鳩は清純や、神聖といったシンボル。彼にとってサロメは神聖な存在。なのでWildeの構造を無視してはいけない。

そしてもうひとつ。厳密に言えば「小さな白鳩」としなければならないだろうが、「白い小鳩」としたのは、音の流れと言いやすさが理由になる。サロメは詩のスタイルをもつ「演劇」。言いにくさは御法度。
「足が小さい白鳩の王女のような」よりも「足が白い小鳩の王女のような」のほうが言いやすいと判断した結果である。

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SALOMÉ -サロメ-

A TRAGEDY IN ONE ACT:
TRANSLATED FROM THE FRENCH OF OSCAR WILDE
Translator: Alfred Bruce Douglas
日本語訳:ミラム モトコ

登場人物

シーン:ヘロデの宮殿内にある広大なテラス、バンケットホールの真上に位置。何人かの兵隊がバルコニーから身を乗り出している。右手に巨大な階段、左手後方に緑青を帯びた青銅の壁で囲われた古びた水溜め。月明かり。

シリア人の青年
今宵のサロメ王女は、なんて美しいんだ!

ヘロディアスの召使
あの月…。なんて不気味な姿をしているんだ!まるで墓から這いよう上がった女の。まるで死んだ女の顔のよう。死んだ何かを探しているようではありませんか…。

シリア人の青年
不思議な姿だ。黄色のヴェールを被り、銀の足をした小さな王女のような。足が白い小鳩の王女のような。まるで踊っているように見えないか。

ヘロディアスの召使
まるで死んだ女のよう。とてもゆっくりと動いている・・・。

[バンケットホールから騒ぎ声]

兵士1
なんて騒ぎだ!吠え立てているあの野獣たちは誰だ?

兵士 2
ユダヤ人だろ。いつものことだ。信仰について言い争ってんだよ。

兵士1
なぜ自分たちの信仰で言い争う?

兵士 2
さぁ。パリサイ派なんかは天使がいるって言い張ってるし、サドカイ派の人間は天使なんかおらん!と言い切ってる。

兵士1
そんなことで口論って、馬鹿らしい。

シリア人の青年
今宵のサロメ王女はなんて美しいんだ!

ヘロディアスの召使
あなたはいつも王女を見てる。見過ぎです。そんなふうに誰かを見るなんて…よくありません。なんだか…悪い予感がする!

シリア人の青年
今宵の王女はとても麗しい。

兵士1
テトラルクが憂鬱な顔をしている。

兵士 2
確かに。憂鬱な顔をしている。

兵士1
何かを見てる。

兵士 2
誰かを見てる。

兵士1
誰を?

兵士 2
さぁ。

シリア人の青年
なんて王女は蒼白いんだ!王女のこんな蒼白い姿を、私は今日まで見たことがない!銀の鏡に映る白薔薇の影のようだ…。

ヘロディアスの召使
王女を見てはだめです。そんなに見つめちゃだめだって…。

兵士1
ヘロディアスがテトラルクの杯に注いだぞ。

カッパドキア人
あれがヘロディアス女王?真珠がついた黒のミトラを被って、髪に青い粉を振ってる人か?

兵士1
そうだ、テトラルクの妻、ヘロディアスだ。

兵士 2
テトラルクはワインに目がありません。お好きなのは3銘柄。ひとつはサモトラキ島ワインで、シーザーのマントのような紫色をしてます。

カッパドキア人
シーザーには会ったことがないなぁ。

兵士 2
もう一つはサイプラスという街のワイン。黄金のように黄色いんです。

カッパドキア人
そして3つ目は?

兵士 2
3つ目がシチリアワインです。血のように真っ赤です。

ヌビア人
俺の国の神々は血が大好物だ。年に2回、若い男と処女を生贄に捧げるんだけどね。若い男50人と処女100人、それでもまだ足りないらしい。俺たちの神々は手厳しいんだよ。

カッパドキア人
ワシの国には神なんてもうおらんよ。ローマ人が追い出しちまった。まあ、中には山に隠れてるんだっていうヤツもいるけど、ワシはそうは思わんね。3夜連続で山ん中、そこらじゅう探し回ったけど、一柱も見つからなかった。とうとう名前まで呼んでみたが誰も出てこなかったよ。たぶん死んじまったんだろうな。

兵士1
ユダヤ人はあなたが見えない神を崇拝してます。

カッパドキア人
どういう意味だ?

兵士1
つまり、あなたが見えないものばかり信じてます。

カッパドキア人
まっとくもってふざけとるようにしか思えん。

ヨカナーンの声
我が後には、我よりも力ある者来たらん。我はその人の靴紐を解くにも値せず。その人来らるる時、荒れた野は喜びいさみ、百合の花のように咲き乱れん。閉ざされた目は陽を見、塞がれた耳は開かれん。みどりごは竜のねぐらにその手を差し入れ、獅子の鬣をも導かん。

兵士 2
おい、そいつを黙らせろ。いっつもおかしなことばっか言ってんな。

兵士1
だめだめ!あの人は聖人だぞ。おまけにすごいいい人なんだよ。毎日俺が食べ物持って行くとさ、ありがとうって言ってくれるんだよ。

カッパドキア人
あの人って誰のことだ?

兵士1
預言者です。

カッパドキア人
名前は?

兵士1
ヨカナーンです。

カッパドキア人
どこから来た?

兵士1
砂漠です。イナゴと天然の蜂蜜を食べて生きてたそうです。ラクダの毛皮を着て、腰には皮のベルトをつけていました。何とも言えぬ迫力で、かなり近寄りがたい感じでしたよ。いっぱい人を引き連れてましたね。弟子までいましたよ。

カッパドキア人
で、あの預言者は何を言ってるんだ?

兵士1
全くわかりません。時々恐ろしいことを言いますが、あの人の言っていることを理解するのは不可能です。

カッパドキア人
預言者に会うことは許されているのか?

兵士1
いいえ。テトラルクが禁じておられます。

シリア人の青年
王女が扇の影に顔を隠している!小さな白い手は鳩小屋に帰る白鳩たちのように羽ばたいている。白い蝶のような…本当に白い蝶のようだ。

ヘロディアスの召使
そんなこと、どうでもいい。なぜ王女を見るんですか?王女を見ないで…何か恐ろしいことが起きてしまうかもしれない…。

カッパドキア人
[水溜を指さして]
なんとも変わった牢獄だなぁ!

兵士2
これは古い水溜めですよ。

カッパドキア人
古い水溜めとは!環境は劣悪に違いない。

兵士2
とんでもありません!テトラルクのご兄弟、お兄様でヘロディアス女王の初めのご主人ですが、12年間そこに幽閉されていたんです。幽閉では死ななかったんで、12年の幽閉生活の終わりに絞殺されました。

カッパドキア人
絞殺された?誰に?

兵士2
[大柄な死刑執行人を指さして]
あそこにいる男、ナーマンです。

※翻訳者注: 原文のト書きには、19世紀後半には一般的だった人種的表現が含まれているが、本翻訳では現代の倫理基準に則り、「ワイルドが意図した劇的な役割(威圧的な存在感)」に焦点を当てるため、この人種的記述を省略し「大柄な死刑執行人」とした。これは、現代の演劇翻訳における標準的な編集慣行を反映したものである。

カッパドキア人
ナーマンは尻込みしなかったのか?

兵士2
まさか!テトラルクが指輪を渡したんでね。

カッパドキア人
指輪?

兵士2
処刑の指輪ですよ。だからナーマンは躊躇しなかったんです。

カッパドキア人
それでも一人の王の首を締めるなんて、簡単にできることじゃないだろ。

兵士1
なぜです?王様であれ、私たち同様持ってる首は一つですよ。

カッパドキア人
ワシには恐ろしくてできない。

シリア人の青年
王女が立ち上がった!。席を立とうとしている!とても曇った顔だ。あ、こっちに来る。そうだ、私たちに向かって来ている!なんて蒼白いんだ!私は今日まで、王女がこんなに蒼白い顔をしているのを見たことがない!

ヘロディアスの召使
王女を見ないでください。お願いだから、見ないでください。

シリア人の青年
まるで迷子の白鳩のような…風にゆらめく水仙のような…まるで銀色の花のようだ。

[サロメ登場]

サロメ
もういや、耐えられない。ここにはいられない。なぜテトラルクは、震える瞼の下のモグラの目でずっと私を見るの?自分の母親の夫がこんなふうに私を見るなんておかしいわ。意味がわからない。いいえ、私は、本当は知ってる。

シリア人の青年
祝いの宴からお戻りですか、王女?

サロメ
あぁ、なんてここ空気は澄んでいるの!やっと息ができるわ!向こうはエルサレムから来たユダヤ人たちが、くだらない儀式をめぐってお互いをばらばらに引き裂き合ってるし、異教徒たちは飲み散らかして床にワインをぶちまけてるし、スミルナから来たギリシャ人たちは目と頬に化粧して、縮れた髪を巻き髪にねじりあげてるし、翡翠の長い爪に赤褐色のマントを着たエジプト人たちは、無言で陰湿だし、残酷で卑猥なローマ人たちは、下品な言葉を吐いてるし。あぁ、ローマ人は大嫌いよ!乱暴で平凡なくせに貴族のふりしてるのよ!

シリア人の青年
お座りになられますか、王女?

ヘロディアスの召使
どうして王女に話かけるの?どうして彼女を見るの?ダメだよ、何か恐ろしいことが起きちゃうよ!

サロメ
お月様が出てる!何だか銀貨みたい、銀色の小さな花みたいじゃない?月は冷たくて汚れてない。月はヴァージンよ、私知ってるの。処女だけに与えられた美しさを持ってるわ。そうよ、彼女はヴァージンだわ。自分を汚したりなんてしない。他の女神たちみたいに、男に身を投げ出したりなんてしないのよ。

ヨカナーンの声
主、来たれり。人の子来たれり。ケンタウロスたちは川の水に身を潜め、セイレンたちは川を去り、森の葉陰に横たわる。

サロメ
今のは誰?誰の叫び声?

兵士2
預言者であります、王女様。

サロメ
あぁ、あの預言者!テトラルクが恐れてる?

兵士2
何のことかは我々には分かりかねます、王女様。叫んだのは、預言者ヨカナーンであります。

シリア人の青年
担い駕籠を用意させましょうか、王女? 今宵の庭は、とても美しい…。

サロメ
あの人、私のお母様のこと悪く言ってるんでしょ?

兵士2
あの人が何を言っているのか、我々には全く分かりません、王女様。

サロメ
言ってるわ。あの人、お母様のこと貶してるわ。

[奴隷登場]

奴隷
王女様、テトラルクがどうか宴の席にお戻りになるようにと、おっしゃっています。

サロメ
私は戻らないわ。

シリア人の青年
失礼ながら、王女。お戻りになられませんと、何かよろしくないことが起こるやもしれません。

サロメ
老人なの、この預言者って?

シリア人の青年
王女、お戻りになられる方がよろしいかと。わたくしがお連れします。

サロメ
この預言者って…年老いてるの?

兵士1
いいえ、王女様。いたって若い男であります。

兵士2
定かではありません。あの人をエリアスだと言う者たちもおります。

サロメ
エリアスって誰?

兵士2
この国の、古代の預言者であります、王女様。

奴隷
王女様からテトラルク様へのご伝言はいかがいたしましょう?

ヨカナーンの声
汝を打つ者の杖が折れようとも、パレスチナの地よ、歓喜するなかれ。蛇の種からバジリスクが生まれ、それから生まれるものは鳥を食い尽くすであろう。

サロメ
なんて不思議な声なの!この人と話をしてみたいわ。

兵士1
恐れながら、それはできません、王女様。テトラルクは誰とも話をさせるなと仰せです。大祭司でさえも許されておりません。

サロメ
この人と話がしたいの。

兵士1
それはできません、王女様。

サロメ
私はこの人と話をするの。

シリア人の青年
バンケットにお戻りになる方がよろしいかと…。

サロメ
この預言者を連れて来なさい。

[奴隷退場]

兵士1
我々にはできません、王女様。

サロメ
[水溜めに近づき中を覗き込む]
なんて下は真っ黒なの!こんな漆黒の暗闇の中にいるのは恐怖以外に何があるの!まるで墓穴みたい…[兵士に向かって]私の声が聞こえなかったの?この預言者を連れて来て。会いたいの。

兵士2
王女様、どうかそのようなご命令は…、お願いです。

サロメ
どれだけ私を待たせるの!

兵士1
王女様、我々の命は王女様のものです。ですが、王女様が今我々に命じられたことに従うことはできません。事実、命令する相手は我々ではありません。

サロメ
[シリア人の青年を見て]
あぁ!

ヘロディアスの召使
え、何が起きようとしてるの?あぁ、何か悲劇が起こるんだ、そうに違いない…。

サロメ
[シリア人の青年に向かって歩いていく]
私のお願い、聞いてくれるわよね、ナラボート。あなた、私のためにやってくれるのよね。私、いつもあなたに優しくしてきたわ。私のためだったらあなたはしてくれる。私は、この不思議な預言者を一目見たいだけ。みんなこの人の話ばっかりしてるのよ。テトラルクがこの人の話をしてるのを何度も聞いたことがあるの。テトラルクはきっと、この人のことが怖いんだわ。ねぇ、あなた、あなたでもこの人のことが怖いの、ナラボート?

シリア人の青年
私はこの男を恐れてなどいません、王女。私が恐る人間はこの世界にはおりません。ですが、テトラルクは公式に、何人にも、この井戸蓋を上げることを禁じておられます。

サロメ
ナラボート、あなたは私のためにやってくれる。明日私が担い駕籠に乗って、偶像売人(うりて)の門の入り口の下を通る時、小さな花、緑色の小さな花一輪が、あなたのために落ちているかも。

シリア人の青年
王女、できません、私にはできません。

サロメ
[微笑む.]
ナラボート、あなたは私のためにしてくれる。自分でもわかってるはずよ、あなたが私のためにしてくれるって。明日私が担い駕籠に乗って、偶像買人(かいて)の橋の近くを通り過ぎる時、モスリンヴェールの下からあなたのことを見るわ、私、あなたのことを見つめるわ、ナラボート。あなたに向かって微笑むかもしれない。私を見て、ナラボート、私を見て。ほら!あなた分かってるじゃない、あなたは私のお願いを聞いてくれるって。もうあなた知ってるのよ…。私は、あなたが私のためにしてくれるって、分かってる。

シリア人の青年
[兵士3に合図する]
あの預言者をここに連れてこい… サロメ王女が、面会をご所望だ…。

サロメ
わぁ!

ヘロディアスの召使
なんて…月は奇怪な姿をしているんだ!まるで白い布で自分を隠そうとしている、死んだ女の手のような…

シリア人の青年
なんて不思議な顔をしているんだ!琥珀色の目をした小さな王女のようだ。モスリンの雲の間から、小さな王女のように微笑んでいる。

[預言者が水溜めから出てくる。サロメは預言者を見つめ、ゆっくりと後ずさる]

ヨカナーン
忌まわしの杯を満たした男はどこだ。どこだ、銀のローブに身を包み、やがて民衆の面前で死する男は。荒野と、王たちの宮殿で叫びを上げた者の声を聞くであろうその男を、前に出せ。

サロメ
誰のことを言ってるの?

シリア人の青年
誰にも分かりません、王女。

ヨカナーン
壁に描かれた民衆の、鮮やかなカルディアの人々の絵を見てより、己の目の欲望に身を委ね、カルディアに使者を遣わせた女はどこだ。

サロメ
この人、お母様のこと言ってる。

シリア人の青年
いいえ、王女。母上様のことではありません。

サロメ
そうよ、この人お母様のこと言ってる。

ヨカナーン
腰には飾り帯を巻きつけた、アッシリアの司令官たちに、己の身を捧げた女はどこだ。薄いリネンと紫を身にまとい、黄金の盾、銀の兜、強靭な体を持つ若きエジプト人たちに身を捧げた女はどこだ。忌まわしき、血の穢れの寝床から起き上がれとその女に命じよ。主の教えを備えし者の言葉を聞き、己の罪を悔い改めるよう。悔い改めずとも、忌まわしき行いに執着しようとも、その女に来るよう命じよ。主の唐箕は御手にあり。

サロメ
ひどいわ!この人ひどすぎるわ!

シリア人の青年
ここにいてはいけません、王女。お願いです。

サロメ
目よ、何よりも恐ろしいのはこの人の目よ。ティルスのタペストリーに、松明で焼かれて開いた黒い穴みたい。竜の住む黒い大きな洞穴みたい。竜がねぐらを作る、エジプトの黒い大きな洞穴みたい。幻想的な月に波立つ、黒い湖みたいよ…ねぇ、この人また何か喋るかしら。

シリア人の青年
ここにいてはいけません、王女。お願いです、ここにいてはなりません。

サロメ
この人、まるで血の気がないわ…細い象牙の彫像みたい。銀の像みたい。月と同じ純潔なんだわ。まるで月光、一筋の銀の光。この人の肉体は、象牙みたいに冷たいのよ。この人のこと、もっと近くで見てみたい…

シリア人の青年
だめです、いけません、王女。

サロメ
近くで、見ないといけない…

シリア人の青年
王女!王女!

ヨカナーン
誰だ、私を見ているこの女は誰だ。私を見ることは許されぬ。何故(なにゆえ)この女は金塗りの、瞼の下にある黄金の目で私を見るのだ?この女を私は知らぬ。知りたいとも思わぬ。この女を退けよ。私が伝えるのはこの女ではない。

サロメ
私はサロメ、ヘロディアスの娘、ユダヤの王女。

ヨカナーン
下がれ。バビロンの娘よ。主より選ばれし者に近づいてはならぬ。汝の母は、悪行のワインでこの地上を満たした。此咎の叫びは神の耳に届いたのだ。

サロメ
もう一度声を聞かせて、ヨカナーン。私にとって、あなたの声はワインだわ。

シリア人の青年
王女!王女!王女!

サロメ
もう一度、もう一度何か言って、ヨカナーン、私は何をしなきゃいけないのか教えて。

ヨカナーン
ソドムの娘、私に近づくな。汝の顔をヴェールで覆え。頭(こうべ)に灰を被り悔い改めよ。砂漠へ行き(ゆき)、人の子を求めよ。

サロメ
誰、人の子って誰なの?その人はあなたのように美しいの、ヨカナーン?

ヨカナーン
退け。死の天使が宮殿で翼を打っている。

シリア人の青年
王女、どうか、中にお入りください、お願いです。

ヨカナーン
主の使いよ、御身は剣を携えここで何を為す。この腐敗した宮殿で誰(た)を求むるか。銀の衣をまとう死すべき者の時はいまだ来ず。

サロメ
ヨカナーン!

ヨカナーン
口を開く者は誰か。

サロメ
ヨカナーン、あなたの体が私を誘うの。あなたの体は草刈り人が決して刈り取らない百合の花のように白い。あなたの体は山々にかぶる雪のように白い、ユダヤの山々にかぶり、谷へ流れ落ちる雪のように白い。アラビアの女王の庭に咲くバラさえも、あなたの体ほど白くないわ。アラビアの女王の庭、香辛料が香り立つアラビアの女王の庭に咲くバラも、葉に触れる夜明けの足も、海の胸に横たわる月の乳房でさえも… この世界にあなたの体ほど白いものは存在しない。あなたの体に触れさせて。

ヨカナーン
退け、バビロンの娘よ。女によりこの世に悪が入り込んだ。我に語るな。汝の声を我は聞かぬ、我が聞くのは主の声のみ。

サロメ
あなたの体は醜悪よ。重い皮膚病を患う体みたい。毒蛇が這い回った漆喰の壁、蠍が巣食った漆喰の壁。まるで忌々しいものを詰め込んだ白塗りの墓よ。醜い、あなたの体は醜いわ。私を誘うのはあなたの髪よ、ヨカナーン。あなたの髪は葡萄の房、エドミテスの地にある、エドムの葡萄の木から垂れ下がる黒葡萄の房のよう。あなたの髪はレバノンの杉、日中ライオンや盗賊たちが身を隠す、陰を与えるレバノンの大杉のよう。月が顔を隠し、星が怯える漆黒の長い夜さえ、あなたの髪ほど黒くない。森に宿る静寂さえも、あなたの髪ほど黒くないわ。この世界にあなたの髪ほど黒いものは存在しない…。あなたの髪に触れさせて。

※翻訳者注: オスカー・ワイルドの原文では、サロメのヨカナーンの体に関する表現や、ナザレ人たちのキリストの奇跡についての議論等において、「leper(らい病/ハンセン病)」という言葉が劇中に数回登場する。現代の日本語聖書翻訳では、「らい病」から「重い皮膚病」へと表現が変更されている。『サロメ』は聖書的言語とイメージに深く根ざした作品であるため、現在の宗教テキストの翻訳との一貫性を保つことが重要であり、また、現代において、差別や社会的排除といった歴史的スティグマに結びつく用語の使用は許されるものではなく、本翻訳においても不要であるとの理由から、本翻訳では、『らい病』ではなく、『重い皮膚病』と訳出している。

ヨカナーン
退け、ソドムの娘よ。我に触れるな。主の神殿を汚してはならぬ。

サロメ
あなたの髪はおぞましい。泥と埃にまみれてる。まるであなたの額に載せられた荊棘の冠。あなたの首でのたうちまわる黒蛇の塊。あなたの髪は欲しくない…ヨカナーン、私が欲しいのはあなたの口。あなたの口は、象牙の塔に巻かれた緋色の帯、象牙のナイフで切り分けられたザクロのよう。ティルスの庭に咲き誇る、ザクロの花は薔薇より赤い、でもあなたの口はもっと赤い。王達の来訪を告げ、敵を怯ますラッパの高鳴りも、これほどまでに赤くはない。あなたの口は、葡萄を潰す者たちの足よりも赤い。あなたの口は、神殿に棲み、神官に餌をもらう白鳩の足よりも赤い。森でライオンを倒し、金色の虎を見た者の足よりも赤い。あなたの口は、漁師が黄昏の海に見つける珊瑚、王達のためにとっておくあの珊瑚の枝よりも赤いわ!モアブ人たちが、モアブの鉱山で手にいれる朱色、王達が手にいれるあの朱色よりも赤い。朱色に塗られ、珊瑚で飾られたペルシャ王の弓のよう。この世界にあなたの口ほど赤いものは存在しない…。あなたの唇にキスさせて。

ヨカナーン
断じて許さぬ。バビロンの娘、ソドムの娘、断じて許さぬ。

サロメ
私、あなたの唇にキスするの、ヨカナーン。私はあなたの唇にキスをするの。

シリア人の青年
王女、王女、ミルラの庭のようなお人、白鳩の中の白鳩のようなお人、この男を見てはなりません。見ないでください!この男にそのようなことをおっしゃるのは、あぁ、私には耐えられない…王女、王女、どうかそのようなことはおっしゃらないでください。

サロメ
あなたの唇にキスをするの、ヨカナーン。

シリア人の青年
あぁっ![自らを殺め、サロメとヨカナーンの間に倒れる]

サロメ
私、あなたの唇にキスするの、ヨカナーン。私はあなたの唇にキスをするの。

ヘロディアスの召使
シリアの青年が自殺した!若き隊長が自殺してしまった!僕の友達が自分を殺してしまった!僕は香水の小箱と銀細工のイヤリングを彼にあげたのに…なのに彼は自分を殺してしまった!あぁ、彼は自分で言ってたのに、何か不幸が起こるって!僕も…それを予感してたのに。なのにそれは起こってしまった。僕にはわかってた、月が死んだ何かを探してるって、でもその何かが彼だったなんて、僕には全然わからなかった。あぁ、どうして僕は、彼を月から隠さなかったんだ。もし僕が彼を洞窟に隠していたら、月は…ナラボートを見つけられなかったのに!

兵士1
王女様、たった今我々の隊長が…自ら命を絶たれました。

サロメ
あなたの唇にキスさせて、ヨカナーン。

ヨカナーン
汝は恐れぬのか、ヘロディアスの娘よ。死の天使が宮殿で翼を打っていると、我は申したであろう。見よ、来たではないか、死の天使が。

サロメ
ヨカナーン、あなたの唇にキスさせて。

ヨカナーン
不貞の娘よ、汝を救えるのはただ一人、我が語る主のみ。主を求めよ。主はガリラヤの海に小舟を浮かべ、弟子達と語っておられる。海の岸辺で跪き、その御名を呼び、求めよ。主が汝の元へ来られる時(主を求める全ての者の元へ来られるのだ)、その御足(おみあし)へ頭(こうべ)を垂れ、汝の罪の赦しを願うのだ。

サロメ
あなたの唇にキスさせて。

ヨカナーン
呪われよ、血の相姦を犯した母の娘よ、呪われよ!

サロメ
私はあなたの唇にキスをするの、ヨカナーン。

ヨカナーン
汝のことは見たくない、我が汝を見ることはない。汝は呪われている、サロメ、汝は呪われている。[ヨカナーン、水溜めの牢屋へ下りて行く]

サロメ
私はあなたの唇にキスするの、ヨカナーン!絶対に、私はあなたの唇にキスするのよ!

兵士1
隊長の遺体を別の場所へお運びしなければ。テトラルクは死体を見るのはお好きじゃない。自らの手で討ち取られた者の遺体を除いては。

ヘロディアスの召使
彼は僕の兄弟だった、兄弟よりも近い存在だった。香水がいっぱい入った小さな箱をあげたんだ。彼がいつも付けていた瑪瑙(めのう)のリング、あれも僕があげたんだ。夕方にはよく、川辺のアーモンドの木々の間を一緒に歩きながら、彼の国のことを聞かせてくれたんだ。いつもとても小さな声で話してた。彼の声はまるでフルートの音、フルート吹きの音みたいだった。川面に映る自分の姿をじっと見つめることが大好きで、僕はよく、それでお説教してたんだよ。

兵士2
そうだ、遺体を隠さないと。テトラルクに見られるとまずい。

兵士1
テトラルクはここにはいらっしゃらないだろう。テラスに来られることはない。あの預言者のことが怖いから。

[ヘロデ、ヘロディアス、全ての延臣入場]

ヘロデ
どこだ、サロメは。王女はどこだ?バンケットに戻れと言うたのになぜ戻らん。おぉ!いたいた!

へディアス
あの子を見ないでください!あなたはいつもあの子を見てるわよね!

ヘロデ
今宵は月が奇妙な顔をしておる。そう思わんか?狂った女、愛人をそこらじゅうで漁る狂った女のようじゃ。裸じゃ。素っ裸じゃ。雲が全裸の月を隠そうとしておるが、月はそうはさせまい。素っ裸の姿を空で曝け出しておる。酔っぱらった女のように雲の間をフラフラと歩いておる。愛人を探しとるな。酔っ払いの女のようにふらついとらんか。狂った女のようじゃないか、えぇ?

へディアス
いいえ、月は月です。それ以外に何があるの。中へ入りましょう。ここには何も、用はないでしょう。

ヘロデ
中へは入らん!マナセ、そこにカーペットを敷け。松明を灯せ、象牙のテーブルと碧玉のテーブルを持ってこい。ここの空気はうまいな。客人達ともっとワインを飲むんじゃ。シーザーの大使たちに最高のもてなしをせねばならんのじゃ。

へディアス
あなたがここに残る理由は、大使じゃないでしょう。

ヘロデ
いいや、ここの空気はうまい。来い、ヘロディアス。客人たちが我々を待っておる。うわっ!滑った!血で滑ったぞ!これは悪い前兆じゃ…とても邪悪な前兆じゃ。何故(なにゆえ)ここに血が溜まっておる…。この死体はここで何をしとるんじゃ?儂を、客人たちに宴も開かず死体ばかりを見せびらかす、あのエジプト王と同族とでも思っとるのか。誰の死体だ。儂はそんなもん見んぞ。

兵士1
我々の隊長でございます。つい3日前に陛下が隊長に任命された、シリアの青年でございます。

ヘロデ
こいつを殺せとは命令しとらんぞ。

兵士2
自害されました。

ヘロデ
なぜだ?隊長に任命してやったのに。

兵士2
我々にはわかりません。しかし…自ら命を絶たれました…。

ヘロデ
何やら奇妙じゃ。自殺するのはローマの哲学者だけと思っておったが。そうではなかったか、ティゲリヌス、ほら、ローマの自殺する哲学者の集団、おるじゃろ。

ティゲリヌス
自らを殺めるものもおります。彼らはストア派の哲学者でございます。彼らは荒々しい人間でございます。ばかばかしい人間でございます。私個人としましては、彼らは全くもって笑止千万、と認識しております。

ヘロデ
まったくじゃ。自ら死ぬなんぞ、馬鹿げとる。

ティゲリヌス
ローマでは、彼らは笑い者でございます。ローマ皇帝は彼らに対する風刺本をお書きになったとか。至る所で朗読されているようでございます。

ヘロデ
ほぉ!皇帝が哲学者に対して風刺本を書かれたとな。シーザーは素晴らしい。なんでもできる…奇妙じゃ、シリア青年が自殺するとは。とても残念じゃ、なかなかの美青年だったのにな。とてもうっとりとした目をしておった。サロメのことをうっとりと見つめておるのを見たことがあったが…まったく、あいつはサロメのことを見過ぎじゃと思ったわ。

ヘロディアス
他にも、あの子を見すぎている方がおられますけどね。

ヘロデ
あいつの父は王じゃった。儂はあいつを王国から追放し、お前はあいつの母親、女王であったヘロディアスを奴隷にした。あいつは、いわば儂の客人としてここにおった、それゆえに隊長に任命したのじゃ。あいつが死んだのは残念じゃな。おい、何故(なにゆえ)遺体をここに放置しておる。儂は見んぞ、さっさと始末しろ![兵士たち遺体を運び去る]ここは冷えるな。風が吹いとる。吹いとらんか?

ヘロディアス
風なんて、少しも吹いていませんよ。

ヘロデ
儂は風が吹いておると申しておる…それになにやら翼を打つような音まで聞こえる…巨大な翼を打っているような音じゃ。お前には聞こえんか?

ヘロディアス
何も。

ヘロデ
もう聞こえん。でも確かに聞いた。あれは風の吹く音じゃ、間違いない。消えてしもうた。いや、また聞こえるぞ。お前にはこれが聞こえんのか?翼を打っているような音じゃよ。

ヘロディアス
はっきり申し上げますが、私には何も聞こえません。病んでいらっしゃるんじゃないですか。もう中に入りましょう。

ヘロデ
病んでなどおらんわ。病んどるのはお前の娘じゃ。病人のような姿をしておる。こんなに蒼白いサロメを儂は見たことがない。

ヘロディアス
あの子を見るなと申し上げましたが。

ヘロデ
おい!儂にワインを注がんか。[ワイン運び込まれる]サロメ、ここへ来て儂と一緒にワインを一口飲まんか。絶品のワインがあるんじゃ。シーザー自身が儂に送ってきた物だ。お前の小さな赤い唇をちょっと浸すだけでいい、儂がそれを全部飲み干してやる。

サロメ
私は喉は乾いておりません、テトラルク。

ヘロデ
おい、この娘がどう答えたか聞いたか?この、お前の娘だ。

ヘロディアス
私の娘は礼儀を心得ています。あなたはどうして四六時中あの子をじっと見つめているんですか。

ヘロデ
おい、熟れた果物を持ってこい。[果物運び込まれる]サロメ、ここへ来て儂と一緒に果物を食べないか。果物の、お前の小さな歯がかじった痕を見るのが大好きなんじゃ。かじれ、でも少しだけじゃぞ、残りは儂が食うからな。

サロメ
私のお腹はすいておりません、テトラルク。

ヘロデ
[ヘロディアスに向かって]お前がこの、自分の娘をどう育てたかがよくわかるな。

ヘロディアス
私の娘と私は、王族の血統を受け継ぐ者です。あなたはいかがでしょう、あなたの父親はラクダの御者ではなかったですか!おまけに盗賊でもあったでしょう!

ヘロデ
嘘をつけ!

ヘロディアス
真実だって、あなた良くご存知じゃないですか。

ヘロデ
サロメ、ここへ来て、儂の隣に座らんか。お前の母親の玉座を授けよう。

サロメ
私は疲れておりません、テトラルク。

ヘロディアス
あの子があなたをどう思っているか、お分かりでしょう。

ヘロデ
おいっ!—ん?儂が欲しかったのはなんだったか…忘れてしもた。あぁ!思い出した。

ヨカナーンの声
見よ!時来り!我の予言が成就したと主は仰っている。見よ!我が告げたその日が来たのだ!

ヘロディアス
あの男を黙らせてください。私はあの男の声なんて聞きません。私に対する侮辱を絶えず吐き続けているのよ。

ヘロデ
お前に対する侮辱なんぞ言っとらんわ。それに、あの男は偉大な預言者じゃぞ。

ヘロディアス
私は預言者なんて信じません。どうしてただの人間が、何が現実になるなんて断言できるんですか。そんなこと、わかる人なんていやしません。それに、私のことをずっと侮辱し続けています。あなた、あの男が怖いんでしょう…。そうよ、私には良くわかっていますわ、あなたがあの男を恐れてるって。

ヘロデ
恐れてなどおらん。儂が恐れるやつなどおらんわ。

ヘロディアス
はっきりさせていただきますが、あなたはあの男を恐れています。そうでなければ、なぜユダヤ人に引き渡さないんですか。この半年間、彼らはずっとあの男のことで大騒ぎしているじゃありませんか?

ユダヤ人1
その通りです、陛下。あの男を我々に引き渡していただくほうがよろしいかと。

ヘロデ
もうこの話はうんざりじゃ。儂の答えは伝えたはずじゃ。お前たちにあの男を引き渡す気はない。あの男は聖人じゃ。神を見た男じゃ。

ユダヤ人1
それはあり得ません。預言者エリアス以降、神を見た者はおりません。エリアスが神を見た最後の男です。近頃は神がお姿を現されることはありません。お隠れになっている。それゆえに、大いなる災いがこの地に降りかかっているのです。

ユダヤ人2
いや、預言者エリアスが真に神を見たのか、誰にも分からぬぞ。あるいは、エリアスが見たものは神の影に過ぎなかったのかもしれない。

ユダヤ人3
神は決してお隠れになることはない。神は、常に、万物の中にお姿を示されるのだ。善の中にも、悪の中にも神は存在しておられる。

ユダヤ人4
それを口にすべきではない。それは非常に危険な教義、それはギリシャ哲学を教授するアレクサンドリアの学派から生まれた教義、そしてギリシャ人は異教徒。彼らは割礼さえも受けておらん。

ユダヤ人5
神の御業は誰にも測り難い。その術は想像を超える神秘に溢れている。我々が悪と呼ぶものが善であったり、善が悪であるかもしれない。万事に対する知識などこの世にはない。神は偉大である、ゆえに我々は屈服しなければならない。神は強きも弱きも共に打ち砕かれる。神が慮られる人間は、誰一人として存在しないのだ。

ユダヤ人1
その通りだ。神は恐ろしい。引き臼で穀物をすり潰すように、強い者も弱い者も砕いておしまいになる。しかし、あの男は神を見たことがない。預言者エリアス以降、神を見た者は誰もいない。

ヘロディアス
この人たちを黙らせて。もううんざり。

ヘロデ
しかし、儂はヨカナーン自身が、預言者エリアスであると聞いたことがあるぞ。

ユダヤ人1
それはあり得ません。預言者エリアスの時代から、もう300年以上過ぎております。

ヘロデ
この男が預言者エリアスだと言う者がおる。

ナザレ人
私は、この男は預言者エリアスだと確信しております。

ユダヤ人1
いいえ、違います。この男は預言者エリアスではありません。

ヨカナーンの声
その日は来た、主の日来たり。この世界の救い主となられるお方の足音を、我は山々の頂にて聞く。

ヘロデ
どう言う意味じゃ?この世界の救い主って。

ティゲリヌス
シーザーが名乗られておられる称号でございます。

ヘロデ
しかし、シーザーはユダヤには来んぞ。つい昨日、ローマから手紙を受け取ったばかりじゃ。そのようなことは何も書いておらんかったぞ。それに、ティゲリヌス、お前冬の間ローマにおったではないか。そんな事はなんも聞いとらんじゃろ?

ティゲリヌス
陛下、この事につきましては、私は何も聞いておりません。称号についてご説明差し上げたまででございます。シーザーの数ある称号の、一つでございます。

ヘロデ
しかし、シーザーはここには来れん。大変な痛風持ちじゃ。みなシーザーの足は象の足のようじゃと言うておる。国家的事情もある。ローマを離れるものはローマを失うのじゃ。シーザーは来ない、とはいえシーザーは君主じゃ。望めば来るじゃろ。だがやはり、儂はシーザーが来るとは思わんな。

ナザレ人1
陛下、あの預言者が語った言葉は、シーザーとは関係ありません。

ヘロデ
シーザーとは関係ないじゃと?

ナザレ人1
はい、陛下。

ヘロデ
では誰のことを言うとるんじゃ?

ナザレ人1
到来されたメシアのことです。

ユダヤ人
メシアの到来はまだだ。

ナザレ人1
もう来られている。そしてあらゆる場所で奇跡を起こされている。

ヘロディアス
ほほほ!奇跡ですって!私は奇跡なんてものは信じません。見飽きるぐらい見てしまったのでね。[召使に向かって]扇子を持って来てちょうだい!

ナザレ人1
メシアは、真の奇跡を起こされている。ガリラヤの小さな町、幾分重要な町で行われた結婚式で、水をワインに変えられたのだ。その場にいた者たちが、私に話してくれたのだ。それだけではない、カペナウムの門前に座っていた二人の重い皮膚病患者を、ただ触れるだけで癒されたのだ。

ナザレ人2
いや、違う。カペナウムで癒されたのは、盲目の男だ。

ナザレ人1
いや、違う。重度の皮膚病患者だ。が、しかし、メシアは盲目の人々も癒やされている。そして山で天使たちと語っておられるのを目撃されている。

サドカイ派信者
天使など存在しない。

ファリサイ派信者
天使は存在する。だがメシアが天使と語られたとは、とても信じ難い。

ナザレ人1
メシアが天使と語られておるのを、非常に多くの者たちが目撃している。

サドカイ派信者
天使とではない。

ヘロディアス
もういい加減にしてちょうだい!馬鹿馬鹿しすぎてついていけないわ![召使に]ちょっと、私の扇子はどこ![召使ヘロディアスに扇子を渡す]あなた、夢を見ているような顔をしているわね。病んでいる人間だけよ、夢を見るのは。[ヘロディアス、召使を扇子でピシャリと打つ]

ナザレ人2
ヤイロの娘の奇跡もある。

ナザレ人1
確かに。あれは誰も否定できない。

ヘロディアス
この人たち、頭がおかしいわ。月の見過ぎよ。黙るように命じてください。

ヘロデ
ヤイロの娘の奇跡とは、なんじゃ?

ナザレ人1
ヤイロの娘は死んだのですが、メシアは娘を生き返らせたのです。

ヘロデ
死人を生き返らせた?

ナザレ人1
左様です。メシアは死者を蘇らせたのです。

ヘロデ
そんなことをされては困るぞ。メシアにそんなことをしてはならぬと禁じなければ。死者を蘇らせるなんて何人たりとも許さんぞ。メシアを捕まえ、死者を蘇らせることは固く禁じると伝えねばならん。今、その男はどこにおるんじゃ。

ヘロディアス
もういい加減にしてちょうだい!馬鹿馬鹿しすぎてついていけないわ![召使に]ちょっと、私の扇子はどこ![召使ヘロディアスに扇子を渡す]あなた、夢を見ているような顔をしているわね。病んでいる人間だけよ、夢を見るのは。[ヘロディアス、召使を扇子でピシャリと打つ]

ナザレ人2
どこにでもおられますが、ですが陛下、メシアを見つけることは困難です。

ナザレ人1
今サマリアにいらっしゃるとかいないとか。

ユダヤ人1
今サマリアにいるとなれば、それは明らかにメシアではない。メシアが尋ねられるのはサマリア人ではない。サマリア人たちは呪われている。彼らは神殿に供物を捧げることをしない民族だ。

ナザレ人2
2-3日前にサマリアを発たれたとか。現在はエルサレム付近におられるんではないかと。

ナザレ人1
いや、メシアはそこにはおられない。私はまさしくエルサレムからやってきたが、この2ヶ月間メシアに関する知らせは何ひとつなかった。

ヘロデ
どうでもいいわ!その男を探し出し、儂がこう命じたと伝えろ − 「死者を蘇らせることは断じて許さん!」水をワインに変えるだの、皮膚病患者や盲目の目を癒すだの、そういうことは、やりたければやったらええじゃろ。反対はせん。実際、重度の皮膚病を癒すのは、良い行いじゃと思うしな。だが!儂は何人にも、死者を蘇らせることは、断じて許さん。死者が蘇るなんぞ、考えるだけでも恐ろしいわ。

ヨカナーンの声
あぁ!この淫らな女よ!娼婦よ!あぁ!金色の目と金塗りの瞼をしたバビロンの娘よ!— 主語りき、その女に抗する群衆を立ち上がらせよ。民に石を持たせ、その女を石打ちにさせよ…

ヘロディアス
あの男に、口を閉じるよう命令してください。

ヨカナーンの声
司令官たちに、彼らの剣でその女を突き刺せよ、彼らの盾でその女を潰させよ。

ヘロディアス
信じられない、破廉恥にもほどがあります。

ヘロデ
あの男は、お前の名前なんぞ口にしとらんわ。

ヘロディアス
だからなんだっていうんです?あの男が罵っているのは私だと、あなた、よく分かってらっしゃるでしょう。私はあなたの妻です、そうではありませんか?

ヘロデ
その通りじゃ、愛しく、気高いヘロディアス。今はお前は儂の妻じゃ、その前は儂の兄の妻じゃった。

ヘロディアス
あなたでしょう、あの人の腕の中から私を無理やり引き離したのは。

ヘロデ
確かにそうじゃ、儂は兄より強かった…もうこの話はやめじゃ。この話はしたくない。あの預言者が口にする恐ろしい言葉の元凶じゃ。おそらく、このせいで厄災が降りかかるじゃろ。この話はやめじゃ。気高いヘロディアス、儂らは客人たちのことを忘れとる。儂の愛しいヘロディアス、儂の杯に注いでくれんか。銀の大杯とガラスの大杯にワインを注いでくれ。シーザーに儂の杯をささげよう。ローマ人もここにおる、シーザーに乾杯するんじゃ。

全員
シーザー!シーザー!

ヘロデ
お前には、自分の娘がどれほど蒼白いか分からんのか?

ヘロディアス
あの子が蒼白かろうが、そうでなかろうか、それがなんだっておっしゃりたいんです?

ヘロデ
あの娘があんなに蒼白いのを、儂は今まで見たことがない。

ヘロディアス
あなたが、あの子を見るのは間違っています。

ヨカナーンの声
その日には、陽は喪服のごとき黒になり、月は血のごとき姿となり、天の星は、熟したいちじくが木から落ちるがごとく地上へ落ち、地上の王たちは恐れ慄くであろう。

ヘロディアス
おやおや、この男の言うその日、月は血に染まったかのような姿になって、星が熟れたいちじくのように地上に落下するその日というのを、ぜひ私の目で見てみたいものね。この預言者、酔っ払いのような口のきき方をするのね…この男の声を聞くのは我慢ならない。大嫌いよ、この男の声なんて。黙るよう、命じてください。

ヘロデ
儂は止めんぞ。この男の言っていることが儂にはさっぱり分からんが、もしかしたら何かの前触れかもしれん。

ヘロディアス
私は前触れなんてもの、信じません。この男の言うことは、酔っ払いが喋っているようなものです。

ヘロデ
もしかしたら、神のワインに酔うとるのかもしれん。

ヘロディアス
どんなワインなんですか、その神のワインって。どこの葡萄園で摘み取られるものですか?どのワインプレスで搾られるものですか?

ヘロデ
[この瞬間から、ヘロデはサロメを凝視し続ける]ティゲリヌス、お前が最近ローマにいた時、皇帝と…あの件について話をしたのか?

ティゲリヌス
陛下…どの件…のことでございましょう?

ヘロデ
どの件?あぁ!儂がお前に聞いたんじゃった、な?お前に何を聞いたか忘れてしもたわ。

ヘロディアス
あなた、また私の娘を見つめていらっしゃるわよ。あの子を見てはいけません。先ほども申し上げましたけど?

ヘロデ
お前はそれ以外何も言えんのか。

ヘロディアス
再度、申し上げます。

ヘロデ
あと、あれほど話していた神殿の修復は、何か計画でもあるのか?礼拝堂の幕が消えたと言うてるそうじゃが、そうなのか?

ヘロディアス
あなたご自身が盗んだんでしょ。あなた、心ここに在らずね。もう失礼して、中に戻ります。

ヘロデ
儂のために、踊ってみせんか、サロメ。

ヘロディアス
私があの子を踊らせません。

サロメ
私は踊る気分ではありません、テトラルク。

ヘロデ
サロメ、ヘロディアスの娘、儂のために踊れ。

ヘロディアス
あの子にかまうのはよしてください。

ヘロデ
踊れ、これは命令じゃ、サロメ。

サロメ
私は踊りません、テトラルク。

ヘロディアス
[高笑い]あの子があなたにどう服従するか、お分かりでしょう。

ヘロデ
あの娘が儂のために踊るかどうかなんぞ、どうでもいいわ。今宵儂は幸せじゃ、この上なく満足しとる。こんなに幸せだったことは過去に一度もない。

兵士1
テトラルクが憂鬱な顔をしている。憂鬱な顔、してないか?

兵士2
確かに。憂鬱な顔をしている。

ヘロデ
儂は幸せであってはならんのか?シーザー、世界の支配者、万物の支配者であるシーザーは、この儂を敬愛しておる。ちょうど、儂にこの上なく貴重な贈答品を送ってくれたところじゃ。それにだ、儂の敵であるカッパドキア王をローマに召喚すると、儂に約束してくれたんじゃ。ローマであいつは、十字架にはりつけにでもされるんじゃろ、おそらく。シーザーは、望めば成し遂げられる。シーザーこそ、真の支配者。ゆえに、儂に幸福でいる権利があるというのは、お前にも分かるじゃろ。儂は確かに幸せじゃ。こんなに幸せだったことは、一度たりともなかった。この世界に、儂の幸福を台無しにできるものは存在せん。

ヨカナーンの声
その者はこの玉座につくあろう。緋色と紫の衣を身につけるであろう。冒涜で満たされた黄金の杯を、その手で掲げるであろう。そして、主の使いはその者を罰するであろう。その者は虫に喰われるであろう。

ヘロディアス
あなたのこと言ってるの、お聞きになって?あなた、虫に食べられるそうよ。

ヘロデ
この男が言うとるのは、儂ではない。こいつは決して儂に口答えなどせん。こいつが言うとるのは、カッパドキアの王のことじゃ。儂の敵、カッパドキアの王のことじゃ。虫に喰われるのはあいつじゃ、儂ではない。この男、この預言者は、儂の兄の妻を娶った罪を除いて、儂を非難したことは一度もない。おそらく、あいつが正しいんじゃろ。確かに、お前は子を身ごもれんからな。

ヘロディアス
私が不妊ですって?私の娘を四六時中見ているあなたが、快楽のために、あの子を踊らせようとするあなたが、そんなことおっしゃるんですか。そんな戯言、よく言えたものね。私は子供を産みました。あなたには子供が一人もいないでしょう。自分の奴隷にすら、一人も産ませられなかったでしょう。あなたが種無しなんです。私ではありません。

ヘロデ
黙れ、女!お前が原因じゃ。お前は儂の子を一人も産んどらんではないか。この預言者は、儂らの結婚は真の結婚ではないと言うておる。この男は近親相姦の結婚、厄災をもたらす結婚と言うておる…。この男が正しいのではないかと儂は不安じゃ…。この男が正しいと、儂は確信しとる。だが、今はそのようなことを話す時ではない。儂は今幸せじゃ。嘘偽りなく幸福なんじゃ。儂に欠けとるものは何もない。

ヘロディアス
あら、今夜はご機嫌がよろしいようね。珍しいこともあるものね。さ、夜も更けました。中へ入りましょう。日の出とともに狩に出ることをお忘れなく。シーザーの大使たちに最高のおもてなしをなさるんでしょ?違いまして?

兵士2
テトラルク、ひどく憂鬱な顔をしてるな。

兵士1
確かに。ひどく憂鬱な顔をしている。

ヘロデ
サロメ、サロメ、儂のために踊ってくれ。どうか儂のために踊ってくれ。今宵、儂は悲しんどるんじゃ。そうじゃ、今夜は耐え難いほど悲しいんじゃ。ここに来る途中、血で足を滑らせた、あれは不吉な前兆じゃ。それに聞こえたんじゃ、確かに、翼を打つ音、巨大な翼を打つ音が儂には聞こえたんじゃ。あれが何を意味するのか儂にはさっぱり分からん。今宵、儂は悲しんどるんじゃ。だから儂のために踊ってくれ。儂のために踊ってくれ、サロメ。頼む、この通りだ。踊ってくれれば、望むものはなんでも与えてやるぞ。この王国の半分でもくれてやろう。

ヘロディアス
あの子には踊らせません。

サロメ
あなたのために踊りましょう、テトラルク。

ヘロデ
お前の娘が何といったか聞いたか!儂のために踊ってくれるんじゃ!いい子じゃサロメ、踊れ、踊れ!儂のために踊ったあとは、お前が望むものは何でも言うんだぞ。何でも与えてやる、儂の王国の半分であっても。儂は誓ったんじゃ、そうじゃろ?

サロメ
あなたは誓ったわ、テトラルク。

ヘロデ
儂は約束を破ったことなどない。誓いを破るような人間ではない。嘘のつき方なんぞ知らん。儂は己の言葉の奴隷、そして、儂の言葉は王の言葉じゃ。カッパドキアの王は嘘しかつけん男で、王の器ではない。臆病者だ。おまけに儂に返す気のない借金まである。儂の使節を侮辱までしおった。奴は傷つける言葉を吐きおったんじゃ。だが、ローマに召喚された暁には、シーザーに十字架にかけられるじゃろう。儂は、シーザーが奴を十字架にかけると信じて疑わん。たとえそうでなくとも、虫に喰われて死ぬ定めじゃ。あの預言者がそう言ったんじゃから。さぁ!何をグズグズしとる、サロメ?

サロメ
私の奴隷たちが香水と、7つのベールを持ってきて、私のサンダルを脱がせてくれるのを待っております。[奴隷たち、香水と7つのベールを持ってきて、サロメのサンダルを脱がす.]

ヘロデ
おお、裸足で踊るのか。ええぞ、ええぞ。お前の小さな足は白い鳩のようじゃろうな。木の上で踊る小さな白い花のようじゃろう…いや、違う。血の上じゃ。床には血が流れとる。血の上で踊っちゃいかん、不吉な前兆になってしまう。

ヘロディアス
あの子が血の上で踊ろうが、あなたにとって何だっていうんです?あなた、もう血の中にどっぷり浸かっているじゃないですか。

ヘロデ
儂にとって何だって?あぁ、月を見てみろ!赤くなっとる。血のように真っ赤になっておる。そうじゃ、あの預言者はまさに予言したんじゃ。あいつは月が血のように真っ赤に染まると予言したんじゃ。そう予言したじゃろ?お前たち全員聞いたではないか。そして今、月は血のように赤くなった。お前たちにはそれが見えんのか。

ヘロディアス
そうね、よく見えますわ。天の星は、熟したいちじくが木から落ちるごとく地上へ落下している、でしょう?陽は喪服のごとき黒になり、地上の王たちは恐れ慄くであろう。少なくともそれは、私にも見えるわ。あの預言者、今まででたった一度だけ、正しかったわね。地上の王たちは恐れ慄くであろう…中に入りましょう。あなた、病んでらっしゃるのよ。ローマであなたは頭がおかしくなったと噂されますよ。もういい加減中に入りましょう。

ヨカナーンの声
エドムから来るこの者は誰だ、ボズラから来る、衣は紫に染められ、美しさで輝き、偉大さの中で力強く歩くこの者は誰か。何故御身の衣は緋色に染まっておるのか。

ヘロディアス
中に入りましょう。あの男の声を聞くと、頭がおかしくなりそうよ。あの男が絶え間なく叫ぶ間は、私の娘は踊らせません。あなたがそんな目つきであの子を見る間は、あの子は踊らせません。要するに、私はあの子を踊らせません。

ヘロデ
席を立つな、我が妻、我が女王よ、そんなことをしても何にもならん。サロメが踊るまでは、儂は中には入らん。踊れ、サロメ、儂のために踊れ。

ヘロディアス
踊ってはいけません、サロメ。

サロメ
始めましょう、テトラルク。
[サロメ、7つのベールの踊りを舞う]

ヘロデ
おぉ!見事じゃ!素晴らしい!見たか、お前の娘が踊ってくれたぞ、儂のためにな。ここへ来い、サロメ。近こう寄れ、褒美をやろう。儂は踊り子たちには太っ腹なんじゃ。お前には大判振る舞いじゃ。お前の魂が望む物は何でもやろう。何が欲しい?言うてみろ。

サロメ
[ひざまづきながら]今すぐ銀のお皿の上に…

ヘロデ
[笑う]
銀の皿の上に?もちろんじゃ、銀の皿の上じゃな。この子はかわいいじゃないか、えぇ?銀の皿の上に何をお望みじゃ?あぁ、愛しく麗しのサロメ、ユダヤの娘たちの中で最も麗しいサロメよ。銀の皿の上に何を乗せて持って来させよう?教えてくれ、お前の望みが何であれ、お望みのものは何でもやろう。儂の財宝はお前のものじゃ。何が欲しい、サロメ?

サロメ
[立ち上がりながら]ヨカナーンの首。

ヘロディアス
あぁっ!よく言ったわ、私の娘よ!

ヘロデ
だめじゃ、だめじゃっ!

ヘロディアス
よくぞ言ってくれました、サロメ。

ヘロデ
だめじゃ、それはだめじゃ、サロメ。それを儂に求めるな。お前の母親の言うことなんぞ聞くな。この女はお前に邪悪な助言しかせん。この女の言うことに耳を貸すな。

サロメ
私は、お母様の言うことに耳を貸してなどいない。私がヨカナーンの首を求めるのは、私自身の悦びのため。あなた、誓ったわよね、ヘロデ。誓いを立てたことを、忘れないで。

ヘロデ
分かっとる。儂は神々に誓った。ようく分かっておる。しかしじゃ、頼む、サロメ、他のものにしてくれんか。儂の王国の半分にしてくれ、お前にやるから。今お前が求めたものを儂に求めるな。

サロメ
私は、あなたに、ヨカナーンの首をお願いしているの。

ヘロデ
だめじゃ、だめじゃっ、儂はそんなもん、求めてなど欲しくないわ。

サロメ
あなた、誓ったのよ、ヘロデ。

ヘロディアス
そうよ、あなた誓ったのよ。皆聞きましたわ。全員の前でお誓いになったのよ。

ヘロデ
黙れっ!儂が話をしているのはお前ではない!

ヘロディアス
私の娘がヨカナーンの首を求めたのは賢明だわ。あの男は私を侮辱まみれにしたのよ。私に対して極悪非道な言葉を吐いたのよ。この子は母親を愛している。折れてはだめよ、サロメ。この人は誓った、この人は、誓いを立てたのだから。

ヘロデ
黙れ、儂に話しかけるな!なぁ、サロメ、道理を弁えろ。儂はお前を邪険に扱ったことはないぞ。絶えず愛してきた…おそらく愛しすぎたのかもしれん。儂にそれを求めるな。そんな恐ろしく、気色の悪いものを求めるとは。そうか、お前はふざけとるんだな。体から切り離された男の首を見るなんて、気分の悪い、そうじゃろ?処女の目には毒じゃ。そんなこと、何が楽しいんじゃ?楽しいわけがない。いやいや、それはお前が欲しいものではない。儂の言うことをよく聞くんじゃ。儂にはエメラルドがある。大きくて丸いエメラルドじゃ。シーザーの手先が儂に送ってきたんじゃ。このエメラルドを通せば、はるか遠くで起きていることも見えるんじゃ。シーザー自身も、競技場に行くときは、このようなエメラルドを持っていくんじゃ。じゃがな、儂のエメラルドはシーザーのものよりも大きいんじゃ。確かに大きいんじゃ。世界で一番大きなエメラルドなんじゃ。お前は欲しくなるぞ、そうじゃろ?儂に求めよ、さらば与えてやろう。

サロメ
私は、ヨカナーンの首を要求している。

ヘロデ
聞いとらんな。お前は聞いとらん。儂の言うことを聞いてくれんか、サロメ。

サロメ
ヨカナーンの首。

ヘロデ
黙れ!お前はいつも喚いとる。猛獣のように叫んでおる。やめろ。お前の声にはうんざりじゃ。黙れ、サロメよ、自分が何をしているか考えろ。この男はもしかしたら神から遣わされたのかもしれない。この男は聖人じゃ。神の指がこの男に触れた。神はこの男の口に、恐ろしい言葉を与えた。宮殿でも砂漠でも、神は常にこの男と共におる…少なくともそれはあり得る。誰にもわからん。神はこの男のためにあり、この男と共におる可能性もある。この男が死ねば、儂に不幸が降りかかるかもしれない。いずれにせよ、この男は言ったんじゃ、自分が死ぬ日に、誰かに災いが訪れると。それは、儂以外にあり得ん。覚えてるか、儂が入ってきた時に血で滑ったのを。儂が翼を打つ音、巨大な翼を打つ音を聞いたのを。非常に邪悪な前兆じゃ、他にもあった。気づかなかっただけで、他にもあったと儂は確信しとる。なぁ、サロメや、お前は儂に不幸が降りかかるなんて、望んでおらんじゃろ?お前はそんなもん望んどらん。であれば、儂の言うことを聞いてくれんか。

サロメ
ヨカナーンの首をちょうだい。

ヘロデ
聞いとらん!お前は儂の言うことを聞いとらん。落ち着け。儂は…儂は取り乱してなんぞおらん。分かった、儂はこの宮殿に宝石を隠しておる。お前の母親が今までに見たことのない宝石、この上なく見事な宝石じゃ。4連の真珠の首飾りじゃ。銀の光線で繋がれた月のようじゃ。黄金の網に捕らわれた50の月のようじゃ。ある女王が象牙色の胸元にこれをつけた。お前がそれを身につければ、その女王のように見目麗しかろう。儂は2種類のアメジストを持っておる。一つはワインのように黒く、もう一つは水で色をつけたようなワインのように赤い。儂はトパーズを持っておる。虎の瞳のように黄色いもの、森鳩の瞳のように桃色。のもの、猫の瞳のように緑のもの。儂は常に燃える、氷のような炎で燃えるオパールを持っておる。男の心を悲しませ、影を恐れるオパールも持っておる。儂はオニキスを持っておる。死んだ女の目玉のようなオニキスを持っておる。儂はムーンストーンを持っておる。月の満ち欠けと共にその姿を変え、太陽を見ると青ざめるムーンストーンを持っておる。儂はサファイアを持っておる。卵のように大きく青い花のように青いサファイア、海がその中で漂い、月はその波の青を乱さないサファイアを持っておる。儂は、クリソライト、緑柱石、緑玉髄、ルビーを持っておる。サードニクス、ジルコン、玉髄も持っておるぞ。それら全てをお前にやろう、他にも色々つけてやろう。つい今しがた、インドの王からは、オウムの羽根で作られた扇が4枚、ヌミディアの王からはダチョウの羽根でできた衣が送られてきたんじゃ。水晶もあるぞ。女がその中を覗くと罪になり、若い男が見れば鞭打ちにされる水晶じゃ。虹色に輝く真珠層の宝箱には、驚くようなターコイズを入れておる。これを額につける男は、存在しないものを想像でき、手に持つ男は女を不妊にする。これらは値がつけられん代物じゃ、値を持たない代物じゃ。まだあるぞ。黒檀の宝箱には琥珀の杯が二つ、黄金の林檎のような琥珀じゃ。敵が毒を注げば、銀の林檎のようになるんじゃ。琥珀で飾られた宝箱には、ガラス細工のサンダルを入れておる。儂はセレスの地から持ち帰ったマントに、ユーフラテス川の都から来たザクロ石と翡翠で飾られた腕輪もある… サロメよ、これ以上何を望むんじゃ?お前が欲しいものを言うてみろ、儂がお前にそれを与えよう。お前が望むもの全てを与えよう、ただし一つを除いて。儂の持つ全てを与えよう、ただし、一つの命を除いて。大祭司のマントもやろう。礼拝堂の幕もやろう。

ユダヤ人たち
えっ!えぇっ!

サロメ
ヨカナーンの首を、私にちょうだい。

ヘロデ
[座席に深く沈み込む]この娘が欲しがっているものをやれ!紛れもなく、こいつはこの母親の娘だ![兵士1近づく。ヘロディアス、テトラルクの指から指輪を引き抜き、兵士1に手渡す。兵士1、すぐさま指輪を死刑執行人に渡す。処刑人、怯えた様子]誰じゃ、儂の指輪を取ったのは?儂の右手にあったのに。誰じゃ、儂のワインを飲んだのは?儂の杯にワインがあったのに。ワインで満杯だったのに。誰かが儂のワインを飲みおった!あぁ!必ずや誰かに災いが降りかかるぞ。[死刑執行人、水溜めの中を下りていく]あぁ!なぜ儂は誓いなど立てたんじゃ!王は決して誓いなんぞ立ててはならんのじゃ。守らなければ悲惨、守っても悲惨じゃ。

ヘロディアス
私の娘はよくやったわ。

ヘロデ
災いが起こるぞ…絶対に起こるぞ。

サロメ
[サロメ、水溜めみを乗り出して聞き耳をたてる]音がしない。何も聞こえない。どうしてこの人は泣き叫ばないの?もし誰かが私を殺そうとしたら、私だったら泣き叫ぶ。暴れる。耐えたりしない…。打って、打つのよナーマン、打って、と言ってるの…聞こえない、何も聞こえない。静寂、恐ろしいほどの静寂。あぁっ!何かが地面に落ちた。何かが落ちる音がした。死刑執行人の剣よ。この奴隷、怯えてる。ナーマンが剣を投げ出した。ナーマンにこの人は殺せない。弱虫よ、この奴隷!兵士を送って。[サロメ、ヘロディアスの召使を見て、呼びかける]あなた、死んだあの人のお友達だったわよね、でしょ?教えてあげる。死人はまだ足りないの。兵士たちのところへ行き、こう言うの。下りて私が求めるもの、テトラルクが私に約束したもの、私のものを持ってきなさいって。[召使、後ずさる。サロメ、兵士たちに向き直る]兵士たち、ここへ。水溜めを下り、この男の首を私の元に持ってきて。[兵士たち、後ずさる]テトラルク、テトラルク、兵士たちにヨカナーンの首を私の元へ持ち帰るよう、命令して。
[巨大な黒い腕、死刑執行人の腕が水溜めから、ヨカナーンの首を乗せた銀の盾を掲げ現れる。サロメ、首を掴み取る。ヘロデは外套で顔を隠す。ヘロディアスは微笑み扇でぱたぱたと自分を煽ぐ。ナザレ人たち膝から崩れ落ち、祈り始める]
あぁっ!あなた、私のキスを拒んだの、ヨカナーン。でも、今キスしてあげる。熟れた果実をかじるように、私の歯でかんであげる。そうよ、私あなたの唇にキスするの、ヨカナーン。そう言ったでしょ、言わなかった?言ったわ。あぁっ!今こそキスしてあげる…。でも、なぜあなたは私を見てくれないの、ヨカナーン?恐ろしく、怒りと侮辱に満ちたあなたの目は、今閉じている。なぜ目を閉じてるの?目を開けて!瞼を上げるのよ、ヨカナーン!どうして私を見てくれないの?私のことが怖いの、ヨカナーン?だから私を見てくれないの?...あなたの舌。毒を吐く赤い蛇のようなあなたの舌、もう動かない。今は何も言わない、ヨカナーン、緋色の毒蛇は私に毒を吐きかけたのに。おかしいわ、そうじゃない?どうしてこの赤い毒蛇はもううねらないの?...あなたは私のことを欲しがらなかった、ヨカナーン。あなた、私を拒んだの。あなた、私に向かって邪悪な言葉を浴びせたの。あなた、娼婦のように、淫らな女のように扱ったの、私、サロメ、ヘロディアスの娘、ユダヤの王女をね!いいわ、ヨカナーン、私はまだ生きている、でも、あなたは死んでいる、そしてあなたの首は私のもの。私がしたいようにできるの。犬や空を飛ぶ鳥に投げ与えることだってできる。犬が残した残飯は、空の鳥がむさぼるでしょう…。

サロメ
あぁ、ヨカナーン、ヨカナーン、あなたは私が愛した、たった一人の男だったのに。他の男のことは皆、大嫌いだった。だけどあなたは、あなたは美しかった!あなたの体は、銀の柱受けに立てられた象牙の柱だった。あなたの体は、白鳩と銀の百合でいっぱいの庭だった。あなたの体は、象牙の盾で飾られた銀の塔だった。この世界に、あなたの体ほど白いものは存在しなかった。この世界に、あなたの髪ほど黒いものは存在しなかった。この世界中のどこにも、あなたの口ほど赤いものは存在しなかった。あなたの声は、不思議な香りを撒き散らす香炉だった、そして、私があなたを見つめると、私は不思議な音楽を聴いた。あぁ、どうしてあなたは私を見てくれなかったの、ヨカナーン?あなたの手と呪いの後ろに、あなたは自分の顔を隠したの。あなたは神を見る者の覆いを、自らの目に被せたの。そうね、あなたはあなたの神様を見たわ、ヨカナーン、でも、私、私のことは、決して見てくれなかった。もし、私のことを見ていたら、あなた、私を愛したのに。私、私はあなたを見たわ、ヨカナーン。そしてあなたを愛したわ。あぁ、どれだけあなたを愛したか!まだ、あなたを愛しているわ、ヨカナーン。私はあなただけを愛してる…私はあなたの美しさに乾き、あなたの体に飢えている。そして、ワインも果実も、私の欲望を鎮めることはできない。どうすればいいの、ヨカナーン?川も広大な海も、私の情熱を消すことはできない。私は王女だった、そしてあなたは私を馬鹿にした。私は処女だった、そしてあなたは私から処女を奪った。私は貞淑だった、そしてあなたは私の脈を炎でいっぱいにした…。あぁ、あぁっ!どうしてあなたは私を見てくれないの、ヨカナーン!もし、私のことを見ていたら、あなた、私を愛したのよ、私にはわかっている。愛の神秘は、死の神秘よりも偉大なの。熟考すべきは、愛だけ。

ヘロデ
あいつは邪悪じゃ、お前の娘、あの女は完全なる邪悪じゃ。事実、あの女がやったことは大罪じゃ。未知の神に対する犯罪だと儂には確信がある。

ヘロディアス
私は、私の娘が間違ったことをしたとは思いません。もう中には入らず、ここにいることにするわ。

ヘロデ
[立ち上がりながら]
近親相姦の妻が、物申しておるぞ!来い!儂はここには留まらん。来い、聞こえんのか。必ず何か恐ろしいことが起こるぞ。マナセ、イッサカル、オジアス、松明を消せ。儂は見んぞ、儂のことは見させんぞ。松明を消せ!月を隠せ!星を隠せ!宮殿に隠れるぞ、ヘロディアス。儂は恐ろしくなってきたんじゃ。
[奴隷たち、松明を消す。星が消える。巨大な黒い雲が月の前を横切り、完全に覆い隠す。舞台は真っ暗。テトラルク、階段を上り始める]

サロメの声
あぁっ!私、あなたの唇にキスしたわ、ヨカナーン。私、あなたの唇にキスしたのよ。あなたの唇は苦い味がした。血の味かしら…もしかすると、これが愛の味なのかもしれない…愛は苦いって言うわ… だから何?なんだって言うの?私、あなたの唇にキスしたのよ、ヨカナーン。

[月光がサロメに降り注ぎ、サロメを光で包み込む]

ヘロデ
[振り返りサロメを見る]その女を殺せ!

[兵士たち前進し、サロメ、ヘロディアスの娘、ユダヤの王女を盾で押しつぶす。]

幕

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